『韋應物詩論――「悼亡詩」を中心として――』(黒田真美子著、汲古書院)が刊行されました

 本書黒田真美子先生が日本文学科を御定年で退職される直前に上梓された研究書です。韋応物(735?~790?)は唐代中期の詩人であり、山水の自然をうたった詩人として王維・孟浩然・柳宗元とともに「王孟韋柳」と並称されました。
 本書の副題にいう「悼亡詩」とは、詩人が亡くなった妻を悼んで詠んだ詩のことです。韋応物は妻の元蘋が亡くなった後、十年近くの歳月をかけて、三十首を超える悼亡詩を作りました。悼亡詩といえば、西晋の潘岳や南北朝時代の江淹の作も知られていますが(潘岳は三首、江淹は十首現存)、韋応物の悼亡詩は従来のそれと比して圧倒的な分量を誇っています。また、唐代に入ると悼亡詩は作られなくなりますが(あるいは作られていたのかもしれませんが、少なくとも初唐・盛唐期の作は現存していません)、中唐期に至って韋応物の作が突如出現したことも目を引きます。黒田先生はこれらの事実に着目し、「質量豊かな「韋悼」(※執筆者注:韋応物の悼亡詩の略称)がなぜ出現し得たのか、いかなる特質や意味を有するかを考察し、その上で韋応物詩の枢要と看做される自然詩との関わりを審究する」(本書「序」より)ことを目指されました。その積年の研究を集大成したものが本書です。
 韋応物の詩に描かれる自然を論じた従来の研究は、多くが「景」を考察して「景情融合」を結論とするものでした。それに対して、黒田先生は「情」を描いた悼亡詩に重点を置いて考察することで、新しい視座から「景情融合」の様相を明らかにしています。その手法は、悼亡詩の一首一首を丁寧に読みこみ、語の来歴や用例を丹念に調査すると同時に、詩人の事跡との関わりや従来の悼亡詩との違いにも目を配る、いわば全方位的なものです。特筆すべきは、伝統的な手法に則りながらも、韋応物の悼亡詩をそれぞれ独立した文学テクストとして分析し、鑑賞する視点をも失っていない点でしょう。そのため、本書を読めば、新しい学術的発見の現場に立ち会えた喜びのみならず、中国古典詩の面白さに触れられた快楽をも感じることができます。
 韋応物に関する研究論文そのものは国内外でそれなりに発表されていますが、書名に「韋応物」の名を含み、真正面から韋応物を論じた専門的な研究書は、日本国内のみならず、中国でもまだ出版されていません。その意味でも、本書は不朽の価値を持っています。皆さま、ぜひ御一読ください。
(日本文学科 専任講師 遠藤星希)


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