人文科学研究科日本文学専攻「修士論文中間発表会」を、下記のとおり対面で実施します。
日時: 2023 年 7 月 26 日(水) 13 時 10 分~
場所: 大学院棟 203 教室(古典、言語)
: 大学院棟 202 教室(近現代、文芸創作)
修士課程2年生が、研究の中間報告を行う場です。その他の日本文学専攻の院生・研究生・研修生も、万障繰り合わせて参加し、質疑応答に加わって下さい。特に、修士課程1年生は参加が原則となります。
| 火曜日, 13 10月 2026 - 20:14 |
人文科学研究科日本文学専攻「修士論文中間発表会」を、下記のとおり対面で実施します。
日時: 2023 年 7 月 26 日(水) 13 時 10 分~
場所: 大学院棟 203 教室(古典、言語)
: 大学院棟 202 教室(近現代、文芸創作)
修士課程2年生が、研究の中間報告を行う場です。その他の日本文学専攻の院生・研究生・研修生も、万障繰り合わせて参加し、質疑応答に加わって下さい。特に、修士課程1年生は参加が原則となります。
谷崎潤一郎の研究に関して言えば、作品論・作家論はもとより、
佐藤先生は本書の成果を以て令和4年度(第73回)
まず第一章「〈シネマニア〉谷崎の誕生」では、
第三章「「月の囁き」考――〈映画的文体〉を書く/読む」
少し位相が変わり、第五章「「青塚氏の話」のドラマツルギー――
最後に、
ここまで縷々述べた如く、
杉本裕樹(大学院博士課程3年生)
日下雪さん(筆名、応募当時4年生)の小説「ぴか/\の零」が、『緊急文学宣言むさしの学生小説コンクール作品集』に掲載されました。
本書は、武蔵野大学と武蔵野文学館が新潮社の協力のもとに開催した「むさしの学生小説コンクール」にて、応募作品156編の中から選ばれた9つの作品を掲載したもので、2022年12月に新潮社より刊行されています。同コンクールは、コロナ禍で急速に広まったオンライン授業により問な直されることになった学校空間を改めて考えるべく、「学校2021+」をテーマに広く学生からの作品を募り、2021年に開催され同年12月に審査結果が発表されました。日下さんの作品をはじめ、当時の学生達の知見と感性が紡がれた結晶が収録されています。
学生の皆さん、日常生活の大部分を過ごす「学校」について、本作品集を読んで改めて考えてみるというのはいかがでしょうか。あなたには見えていなかった「学校」の側面が発見できるかもしれませんよ。
2022年度の芸術選奨文部科学大臣賞と同新人賞の受賞者が、3月1日に文化庁から発表され、日本文学科の佐藤未央子先生が新人賞(評論部門)を受賞ました。同賞は、演劇、映画、音楽、舞踊、文学、美術、放送、大衆芸能、芸術振興、評論等、メディア芸術の11部門において優れた業績を挙げた人に贈られるもので、大臣賞には映画「すずめの戸締まり」の監督である新海誠さん(メディア芸術部門)が選ばれています。
佐藤先生の受賞理由となったご著書『谷崎潤一郎と映画の存在論』は、谷崎と映画の関係について考察したもので、水声社より2022年の春に出版されました。受賞理由にもあるように、本著作は谷崎にとって映画とは何だったのかという根本的な問いを掘り下げ、スリリングな考察が素晴らしい筆致で展開されています。
想像を絶する出来事が起こった時、果たして自分はその事象を満足できることばにして表すことは可能なのか。そして、その〈満足できることば〉とはいかなるものなのか。それが、詩人である山﨑修平氏の初めての小説『テーゲベックのきれいな香り』(河出書房新社)を読んでいる時に頭にあったことだ。
忌憚なく申せば、作品は複雑であり、起承転結がある進み方とは距離を置いている。主人公で詩人の「わたし」が書こうとする、「それは詩でもない、短歌でもない、散文でもエッセイでもない、何か」という「小説」がまさしくこの作品の形容にふさわしい。
作中の中心となるのは、2028年に起こった、名付け難く「あれ」と呼ぶしかない災害である。「わたし」は、あらゆることばが無力となる「あれ」を経験して詩の読み書きができなくなるが、神戸にある祖母の家で食べるテーゲベックの香りから、意識とも無意識とも判然としない記憶の流れがとめどなく流れ出る……、とすると誰もがプルーストの『失われた時を求めて』を想起するだろう。この作品もよどみなく「支離滅裂で脈絡のない、人間の思考」の世界が広がる。そして読み手は、その世界からあふれ出ることばの洪水に身を置くことになるのだが、その洪水は「あれ」を書き語ること、ひいては〈私〉という個人について書き語る行為の根本にある、ことばそのものをむき出しにして見つめ直すという詩人の〈挑戦〉としてあると私は感じた。
そして、「わたし」とは別の主人公ともいうべき存在として東京の存在があり、作中には数多の東京の地名が登場する。漱石が「どこまで行っても東京がなくならない」とし、鷗外も「普請中」とした東京は、110年以上経ってもスクラップアンドビルドを絶え間なく繰り返えし増殖を続けている。そして、その増殖する地はさまざまなルーツの人たちが集う「寄せ集め」の街であり、「寄せ集めの街のことば」が思考され、飛び交い、「幾人もの記憶、整合性の取れない会話、文章」を作っている。
私が先に〈複雑〉とした作品の展開も、東京で膨大な数がやり取りされる意識や会話のように「寄せ集め」的であるが、居心地悪くはない。なぜならば、その「寄せ集め」には隙間があり、その隙間は私たちの意識や会話そのものであるからだ。そして、その隙間は作中における「わたし」が「それなのに(整合性が無いのに―引用者)、どうして見えてしまう瞬間があるのだろう」といぶかる「瞬間」のことであり、この「瞬間」こそ「わたし」が貫く「書かないものを書く。/書かないことで書く。」ことを指すのではないかと思われる。「瞬間」自体はことばにはできない。だが、「瞬間」を「瞬間」たらしめるためのことばはある。それに気付くか気付かないか、ことばへの希求がこの小説には込められている。
(大学院博士課程 鈴木華織)
デビュー作「逃げ水は街の血潮」で第124回文學界新人賞(2019年度)を受賞した奥野紗世子さん(大学院日本文学専攻修士課程)の新作「オーシャンビューの街のやつ」が、『文學界』12月号に掲載されています。昨年も「無理になる」が『文學界』(2021年6月号)に掲載されていましたが、精力的に創作活動を続けているようです。日文科の皆さん、読書の秋にぜひ『文學界』12月号を手に取ってみてください。
日本文学科卒業生の井口可奈さん(中沢ゼミ)が「第4回ことばと新人賞」にて佳作を受賞しました。応募総数は318作品で、選考委員には小説家の江國香織さんや滝口悠生さんをはじめ錚々たる方々が名を連ねています。受賞作「かにくはなくては」は、文学ムック『ことばと』(vol.6)に掲載されていますので、ぜひ手に取ってみてください。
「いくつかの嘘」で濱谷真広さんが「第17回小説現代長編新人賞」(講談社主催)の第一次選考を通過しました。一次選考の結果は、『小説現代』10月号に掲載されています。
なお、「第18回小説現代長編新人賞」は現在公募中なので(締切:2023年7月31日)、興味のがる人は臆することなく一歩を踏み出しましょう。また、「小説現代」編集部のページもぜひ覗いてみてください。