2013年2月21日より2泊3日で、小秋元段教授、李章姫氏(国際日本学インスティテュート日本文学専攻)の引率により、韓国の慶州、清州、ソウルを訪れました。
慶州仏国寺。修復作業中の釈迦塔を見おろす。
慶州(キョンジュ)では数々の王陵の並ぶ通りを抜け、仏国寺(佛國寺)と石窟庵(共にユネスコ世界文化遺産)を見学。仏国寺は、『三国遺事』(注1)にその名が見え、新羅時代に建造された寺で、「百万塔陀羅尼」よりも古いと指摘のある(注2)世界最古の木版印刷物「無垢浄光大陀羅尼経」が発見された場所(釈迦塔)です。「釈迦塔」のみ現在復元工事中で、ガラスで囲われていたのですが、工事中の今だけ「釈迦塔」を地上2メートル程の位置から臨むことができます(工事が終わると下から見上げることしかできません)。石窟庵は、仏国寺と同じく新羅時代に建立された寺で、内部には巨大な本尊(如来坐像)があり、それを数々の仏像が囲みます。バス停から石窟庵まで、山道を登っていくのですが、現在は整備されているから良いものの、体力は際どいところで、当時参拝した人々の足腰の丈夫さを実感します。また、石窟庵から臨む慶州の景観は、壮観であると同時に、現在の奈良県や大阪府南部と共通したものを感じ、懐かしささえ覚えました。
清州(チョンジュ)には韓国高速鉄道(KTX)で移動し、「清州古印刷博物館」を訪れました。世界最古の金属活字印刷物「白雲和尚抄録仏祖直指心体要節(直指心体要節、直指。以下「直指」)」が印刷された地です。「直指」は高麗の禅僧、白雲和尚による上下二巻二冊の仏教書。「直指」の現物は、現在フランス国立図書館で所蔵(現存は下巻のみ)されているのが残念でならないのですが、当博物館では、「直指」を中心に、「直指」を解説する映像、金属活字印刷を生み出す工房を再現した一角、新羅・高麗・朝鮮時代の印刷物や活字の現物が多く展示されています。さらに当博物館では、学芸研究室長の黄正夏氏、イスンチョル氏(注3)が館内を先導してくださり、懇切丁寧な解説を賜りました。その際、李氏による素早く明快な翻訳で、言葉の壁は優に超えられました。また、朝鮮版を機とした、日本の古活字版の起源についての小秋元先生による講演や次稿(注4)も待たれるところです。
清州古印刷博物館。関係者との記念撮影。
ソウルでは、世宗文化会館の附属展示施設、「忠武公(李瞬臣)物語」「世宗物語」を訪れました。李瞬臣、世宗と、二人の史上人物を展示物の区切りとして、その時代に開発・発展した文化や技術を展示してあります。4Dシアターや射撃ゲーム、亀甲船の再現、多くの印刷物など、その展示方法は多種多様で、大いに楽しむことができました。「国立中央博物館」は、古代から現代までの印刷物・金属活字・美術品・仏像等、主に慶州より発掘された膨大な数の物品を所狭しと展示してあります。一階から四階まで、その量は広大な面積に及びますので、熟視するには時間が足りず口惜しい思いをしましたが、展示品の内、特に文字が刻まれた物は、興味深い品が多く、我々の今後の研究活動の糧となるでしょう。「仏教中央博物館」は仏教(曹渓宗)に関する物品が展示されています。写経や印刷物、版木を筆頭に、仏国寺では見られなかった「無垢浄光陀羅尼経」のレプリカも展示してあり、新羅ひいては韓国の印刷文化を存分に学び取ることができます。
加えて、仏国寺と石窟庵以外は、すべて無料で開館しており、開館時間は夜9時や10時まで、館内での写真撮影可能と、文化・歴史を開放する、韓国の積極的な姿勢も特筆すべき点です。
以上、博物館の類を中心に話を進めましたが、他に韓国の食文化や慣習を経験することが出来、たいへん充実した3日間でした。
鍋料理も堪能。
(注1)一然『三国遺事』。青柳綱太郎編『原文和訳対照 三国遺事 全』(名著出版、1975年)などに所収。一然私撰の史書。「『三国史記』にもれた新羅・百済・高句麗三国の遺聞を九部門に分類して収録。」(『日本国語大辞典』)――法政大学図書館架蔵。
(注2)川瀬一馬氏「新羅仏国釈迦出の無垢浄光大陀羅尼経について」『書誌学復刊新33・34号』(日本書誌学会、1984年)に所載。「無垢浄光大陀羅尼経」は「百万塔陀羅尼」完成の19年前に完成した世界最古の印刷物として紹介。――法政大学図書館架蔵。
(注3)両氏は2007年から2010年に掛けて、「朝鮮王室鑄造金属活字復元事業」へ参加。
(注4)古活字版についての論文は次の通り。小秋元段氏「古活字版の淵源をめぐる諸問題――所謂キリシタン版起源説を中心に――」。法政大学国際日本学研究所『国際日本学 研究成果報告集 第8号』(2010年9月)所載。日本に於ける活字印刷技術の起源・経緯を論じた先行研究を整理し、問題点を洗い出す。――法政大学図書館に架蔵。
(報告 修士課程一年 藤井輝)